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山形情報ガイド・んだ!ブログ

2011年08月30日

人類は進化してるってことを証明してあげよう

人類の進化とは何か。

人類の進化と言われても、あまりピンとこないだろう。それもそのはず。数十年で進化していることがわかってしまうようでは、それは進化ではないのだから。

生物は全て水中で生まれ、陸地に上がってきたという説や、恐竜絶滅、氷河期など、地球規模で進化論を唱えるのもロマンチックだが、私なりに人類の進化について考えてみたので書いてみたので読みたい人はどうぞ。



このブログの内容に不十分な説明があるのはなぜかというと、ググッて理解できるだろうという前提があるからである。

人間の感覚器官の進化について。

人類の感覚器の中で、最も進化している部分は耳だろう。私は今日の夜、自宅の庭で心地良い秋風を感じながら、虫の鳴く音を聞いていた。

玄関が開いていたので生活音が混ざって聞こえてくる。電子レンジのブザー音や、嫁のケータイの着信音など、さまざまな電子音が、自然に耳に入ってくる。

もし、私が戦国時代に生まれていたら、絶対に聞くことのない音である。例えば電子レンジのチーン音は、刀と刀がぶつかり合う音に聞こえなくもないので、家の中からそんな音が聞こえてきたら大変である。だが21世紀に住む私は、電子音と虫の鳴く音を聞き分け、自然の中でもデジタル音を違和感なく耳にしているということに気づいた。



イマドキの若いもんだからあたりまえだろうと思っている高齢者にも共通する部分がある。それはエンジン音や電動ファンが回るときのような、物理的な回転音や摩擦音への反応である。

江戸時代であれば、等速運動は水車や機織り機、台所から聞こえる包丁の音などだろうが、現代は等速運動によって発生する音は多く存在している。高齢者が現役だった頃にはすでに、エンジン音は生活音だっただろう。ガタガタうるさいディーゼル機関からガソリンエンジンに変化したころ、なんて静かなクルマなんだと思った人が大半なはずである。現在はハイブリッドカーなどの磁気音、磁界を切る音がステキだが、昭和初期に流行した家電やクルマの音にステータスを覚えたはずだ。

その頃は、電子的なブザーや洗濯機のモーター音が「ノイズ」として捉えられていたとは考えにくい。そして、静音設計の歴史はまだ浅い。



よって、それらの音の変化、自然音と人工音の比率が変化し、人工的に作られた音に違和感を感じなくなったくらいの時代から、人間の耳は進化したといえる。

小さい赤ちゃんに電子音や機械音を聴かせるよりも、クラシック音楽や動物の鳴き声などをきかせたほうが生育過程としては優れていると言われているが、日常的に電子音や電磁的ノイズ、機械音に埋め尽くされている環境におけるアナログ音は、昭和のピコピコ音と同じ効果があるように思える。つまり、珍しい音に耳を傾けるという行為そのものは人類の歴史が始まって以来、変わっていないが、聞きとって意識が反応する音の種類が増えていることから、進化していると言えるのではないか。



おじいちゃんおばあちゃんも、マイカーと大型トラックのエンジン音を聞き分けたり、家電の操作ボタンを押したときの電子音などで動作を確認したりできるが、21世紀以降に発生したデジタル音、たとえばビット数の違いによる電子音の変化に聞き慣れていないため、孫のゲーム音をノイズと捉えてしまったりするのであろう。





これらのことは、数百年単位で考えたら確実に進化といえるが、あまりにも普通すぎて我々の社会が昔とは別のものであることを認識できずに多くの時間を過ごしてしまっている。これはもったいない。今すぐ変化した感覚器官を楽しもう。



いや、実は楽しんでいるのだ。これもあまりにも当たり前すぎることなので、違和感なく意識しているが、とても重要な耳の進化に気づいてほしい。それは、スピーカーから聞こえる人間の声に臨場感を持つということ。慣れすぎて肉声とスピーカーからの声との違いを認識しなくなっている。スピーカーの再生能力があがって、より人間の意識に反応させるための表現を具現化しているということもあるが、テレビをみて、その映像と音声を現実の出来事として捉えてしまうようになった。









ここまで書いて眠くなったので、また今度進化について書くときにはこれに追加していく。



Posted by ニッポンのイナカ at 00:23│Comments(0)
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